Tous les jours Bon Chic

毎日少しでもいいこと探し

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

2012年

2012年。2011年の爆発から少しずつ少しずつ、前へ進み出して、ここまできた、結果的に言えばなんだか分かんないうちに進んでしまった年。自分にとってこれほどのイベントフルな年もそうそうありませんでした。多くの出会い、そして別れ。再会。


初詣はポリ着物でしたが、市松の着物で。
正月初詣


まず、新春歌舞伎から始まりました。(哲、チケットありがとう〜)
羽子板

「通し狂言 三人吉三巴白浪」
「奴凧廓春風」

新春歌舞伎

そこから、後厄のお祓いにも。行きましたねえ...。
大国魂神社

このころはカーネーション(朝の連続テレビ小説)にはまり、久しぶりに前髪を作ったのでした。

そして、梅を観に。

梅見

生憎の雨。でも綺麗でした。で、イチゴをこれまで食べたことが無い、というくらいたらふく食べて 
イチゴ狩り

偕楽園へ。

梅

そこで何とか良い写真を撮りたい!と頑張っているところに、

写真のオジサン

この方と立ち話をしてしまったのが運の尽き。カメラが欲しくなりました(笑)

4月。イスラエルへの聖地巡礼決定。
三線のお教室にも個人レッスンから、少しずつ全体レッスンに戻り始め、9月の25周年記念公演を目指そう、ということになっていって。

ちなみにイースターの日、お教室の花見だったので教会の友達も連れて訪問着で突入。
訪問着で花見に乱入

花見に友達を連れて

そして、満を持して買ってしまったミラーレス1眼。最初の被写体はやっぱり、桜。そこから、どうせ撮るならと、桜の有名な母校の周辺へ足を伸ばし、ひたすら写真を撮りまくりました。

まずは駅前の、「ここと言えばこれでしょう」という写真から、
国立駅前

頑張って桜吹雪を撮り、
桜吹雪

わんこを撮り
わんこ

桜を撮り...。
桜重なり

...そして、今年私が与論へ帰る切っ掛けとなった、パラジの兄(やか)との何とも言えない邂逅。その舞台は、与論地主神社の次男がやっている、中野のaman。兄弟姉妹が生きていない私にとって、初めて「兄」と呼ぶことを本当に赦される存在でした。...迷惑かけ過ぎているきらいはありますが。

amanにて

それから、面白いように色々な道が開けていきます。ここからゆっくり上り調子になっていき、良い感じに復調しながらイスラエルへ。

この旅行についてはとりあえず3日目までは旅行記(汗)それ以降はあまりにいっぱい過ぎて書けていませんが、1年経っちゃう前になんとか形にしたいものです。...しろよ。
この巡礼旅行で、初めての聖地を踏みしめ、「人間イエス」を肌で感じ、人として生まれ、人として死んでいったイエスを想い、十字架を担いでヴィアドロローサ(悲しみの道)を歩んだ時こぼれた涙。イースターの時感じた、私の奥底におられる主の側に、今度は私がいて差し上げたいと思いました。

エルサレム


巡礼旅行 3日目
巡礼旅行 2日目
巡礼旅行 1日目

ちなみに、この時一緒に行かれたご夫婦で、行きも帰りも仁川空港からテルアビブまでお隣だったFさんの旦那様が、この12月9日に帰天されました。Rest in Peace。

それからはひたすら25周年記念公演に向けての練習をがしがししていました。それに加えて、なんと、国士舘大学のツアーに乗っかって、初!与論へ帰島。台風のため、遅れることになり、国士舘の子たちには申し訳なかったのですが、盆前に間に合わせるために急遽飛行機でひとり先乗り。祖母の話でしか知らない与論の地に足を下ろした時には、感極まって半泣きでした。(ちなみに飛行機の直前まで宜野湾で泳いでいて、その時の日焼けがひどいことになった...のは不覚の極み)

海の青さ、風の匂いや音、人の繋がり、食べ物の味。生き物の気配、自然の姿。
言葉では言い表すことの出来ない、魂の底からの身震いがするほど「帰って来た」という生まれて初めて感じる既視感にも似た安心感。初めて会う親類たちの顔、声、存在そのものがただただ愛おしく懐かしく、自分のどこにこんな姿が隠れていたのかと思うほど。

フバマ
喜山の一族が命を繋いだ地、フバマ。

星空
初めて自分で撮った星。

ブルームーン
8月のブルームーン。

寺崎
寺崎海岸

アマン
アマン(やどかり)

ここから東京へ戻って初めて南洋浜千鳥の「旅宿の寝覚み」の辛さというのを知りました。

そうして迎えた9月9日。

島唄の響き

憧れの舞台に、姉弟子、兄弟子たちと立ちました。
片峯教室

そこからはなぜか怒濤のように舞台とライブを繰り返し、3ヶ月で結局この25周年記念を含め、4つの舞台で三線、三板、唄をやりました。

そして11月。職場に復帰。

色々な葛藤もあったし、上下もしました。身体も心も激震(笑)な1ヶ月目でした。そんな中でもライブを決行したりして。でもそんな中、カルメル会の黙想会に助けられ、乗り切った1ヶ月。

カルメルからの富士山
カルメルの私の部屋からの富士山

そして、始まった待降節。11月の葛藤を胸に、それこそ待降節本当に「待ち望む」季節を過ごすこととなりました。黙想の内に祈りのうちに。全くの沈黙のうちに痛みと乾燥を抱えたまま、幼子イエスを待ち望み、当日まで本当に葛藤の中、過ごしました。けれどこの無味乾燥の砂漠が、本当に大切なことを気付かせてくれる、実り多い黙想でした。幼子イエスが確かに私の心に居られるあのゲツセマネのイエスのように、私の心にいらっしゃるのだと、感じることのできたクリスマス。

カルメルの馬小屋
こんなに沈黙と、無味乾燥のうちに迎えることができ、かつ閑かな喜びがあったクリスマスは本当に初めてでした。

そして、年の暮れを何で締めたかと言うと。
ツタンカーメン展

これ。中高時代の私をご存知の方なら覚えがあるかも。私、召し出しに応じてこの道に進む前、エジプト考古学に進むつもりでした。そしてそれはこの、ツタンカーメンとその兄(と言われていた。今は父であったことが判明している)アクナテン(アメンヘテプ4世)のこの時代、第18王朝時代が好き過ぎて。アマルナ美術、アテン信仰と言った面白い変化のあった時代。

そして、感動したのが。

黄金の厨子

これ。
これの全面に、アンケセナーメン王妃と、ツタンカーメン王の仲睦まじい様子が描かれています。王妃が花を差し出したり、王が王の前に腰掛けている王妃の手に水を注いでいたり、王妃が王の襟飾りを直していたり。ずうっとずうっと見たかった、ツタンカーメンの宝物のひとつ。
(もうひとつは、黄金のせもたれのついた肘掛け椅子で、これも背もたれ部分に、アンケセナーメンとツタンカーメンのレリーフがされています)

こうして、2012年の最後を、大好きなエジプト考古学の世界で終わることが出来てとっても幸せでした。もう既にやっぱりヒエログリフは読めなくなっていた(涙)けど、今でも大好きです。

細かいことを挙げていけば本当に数限りなく今年は色々なことがありました。
でも私の人生の中で、ひとつ、大きな節目の年であったことだけは間違いないでしょう。
有難う、2012年に起きたすべての出来事、出逢った、別れた皆様。
そして来る2013年がまた素晴らしい年となりますように。
スポンサーサイト


  1. 2012/12/31(月) 23:38:44|
  2. 想い|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<新しい年。 | ホーム | カルメルでのクリスマス>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://maytetheresemain.blog27.fc2.com/tb.php/725-2b19c1b2
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。