FC2ブログ

Tous les jours Bon Chic

毎日少しでもいいこと探し

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

収穫の秋に、来た道筋を思い直して備忘録。

オリンピック。London。

マラソンコースを見ながら、見慣れた町の見慣れた風景が目に飛び込んでくるのを不思議な気持ちで見つめていた。Cityに入った時や、St. Paul'sを見ながら、航空写真を見ながら。自分の住んでいた寮は閉鎖された。それでもあそこはまだ自分にとって、2年過ごした大事な場所だ。

そろそろ色々な不具合が起きて1年以上が経つ。去年の今頃は発症初期の症状に気付きながら無理をして頭に色々なことを叩き込んで来た。自分なりの立ち位置、と言うものがまだ確立できていなかった。つーか、あの状態でできるはずがない(笑)

開発コンサル、という仕事は不思議な仕事だ。他の国では知らないが、日本では不思議な仕事だと思う。

それはひとえにコンサルタントが「高度な専門性と、適度な広がりをもった専門家集団」でなくなりつつあるからだろうと思う。だが、単なる「専門家」というのもコンサルタントにはなり得ない。コンサルティングとは何か、を根本的に自分で考えて、それを実践できるようにならない限り。

なぜそうなったのか。そして、そこから「どこへ」向かいたいか、そして「どう」向かって行くか。それをいわゆる「クライアント」と共に考え、時に助け舟を出し、時に彼等の知恵を借り、練り上げる未来。それがただの「開発」ではなくDevelopmentという自発的、内発的なものも、それから外からの刺激というものに対応することもできる柔軟さも兼ね備えたものを通じて、Amartya Sen言うところの「Feedom」へと向かうツールへとして行くその力。

教育、というフィルターから「人材を育成する」という部分に自分がシフトした時のことを思う。

教育は大事だ。当たり前だが。この「教育」というツールの使い方ひとつで国を変えることも可能だ。だから私はEducationに焦点を当ててこの柱をメインに走って来た。が、教育、は「育む」ことでもある。識字教育プロジェクトに関わり、地方で聞き取りをしながら、女性たちが何を思ってこの識字教室に通って来ているのかを考えていた。自分の子どものため、という人もいたし、旦那さんから言われて、という人もいた。

はっきり言ってレベルは思い切り低い。STEPのフェーズ2の時にマザリシャリフやジャララバードを視察に行ったときに、教員用指導書を使っている教師といない教師で格段の差があった。実際に思うように使えていなかったとしても使っている教員と使っていない教員ではその内容に既に違いがあった。それは、言葉がわからなくても見ているこちらがいわゆる授業計画を目で見て、観察して、取れるか。目的を持って授業をしているか、それが明らかかどうかの一言に尽きる。が、識字教室の場合そんなものはないし相手は成人が多い。

じゃあそこでなぜ字を教えるのか。読み書き計算をさせるのか。

人は財産なのだ。かけがえの無い、一番大事な国の宝。人のために国が存在しても、国のために人は存在しない。

そこを取り違えてはいけない。
そう考えたとき、ただEducationに凝り固まっていた自分が、変わった気がする。「国のために」、と言うのではなく「自分の愛する国をより良くするために」支える人材が必要だ。愛する国とは自分の大事な人が守られる国だ。だからこそ、「国を良くして行く」という考えが大切だし、そのためにどんな国づくりをして行くのかを考えて行くことが大切になる。そしてそこには教育も欠かせない。そのための教育を考えられる人材を作る必要も、ある。

今の日本もそうだが、公務員の給与をカットしたり不要なほど低く抑える、これはどうなのか。疑問が大きい。特に被援助国ではこれからの国の未来を支え得る人材がいわゆる国際組織に流れて行く。各援助国はより良い人材の確保にやっきになっている。法外な月収で。これは、その国に対するNeo-colonialismを助長することになりはしないか。しかも長期にわたるプロジェクトだと、彼等はそのプロジェクトに依存し、その後の未来において、彼等自身の生活水準の基準が変わって来はしないか。当たり前だが彼等が公務員になろうというモチベーションはない。現状を知っているから、援助機関に現地スタッフとして雇われた方が楽だからだ。

...矛盾していないか。

この矛盾を責任を持って受け止めて、最後に自分たちが失業することを目指してコンサルティングをする。Exit Strategyを持ってSustainabilityを考慮してすべてのプロジェクトを実施していくことができなければいけない。理想だが。

長く一緒に働いているスタッフを育成しながら、思うのだ。
この子が、この子たちが、いつかこの国を支える人になってくれますように。

だから、就業時間外の進路相談にものってしまうのかもしれないが(笑)

「教育」この言葉は諸刃の剣だ。その国の置かれた状況、国際社会の中での位置づけ、立ち位置、そして狙いたい長期スパンでの国づくり。これをセンが言うところの自由、へ向かわせるDevelopment。ここへ持って行くための人という力へ注力する。これはどの分野でも。

まあよくも、思うことをただ徒然と書いたものだ(苦笑)と思うが。備忘録なので良しとして。

ホレブの山から下りたエリヤはその命尽きるまで、自分の召し出しに忠実に生きる。エリシャという後継者を得て、7,000人のイスラエルの民を残されて、託されて。

私はまだそこにまですら至っていないが、さて。どう歩いて行こうか。
「行け、あなたの来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かえ」。
この声の聞こえる限り、私は自分の選択に悔いることはないだろう。荒れ野だろうと、オアシスだろうと、同じだ。
スポンサーサイト


  1. 2012/08/08(水) 09:48:52|
  2. 日々の徒然|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<バッチフラワー、レベル2への下ごしらえ開始。 | ホーム | 神戸へ行って来た。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://maytetheresemain.blog27.fc2.com/tb.php/712-6d71ab7c
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。