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聖地巡礼の旅:3日目(シェイクフセイン、マダバ、ネボ山)

3日目。ヨルダンへ、イスラエルから国境を越える。

イスラエルの国境は、私にとってひとつの「嫌なポイント」だ。仕事上、イスラエルの敵対国へ行く可能性が大きいため、イスラエルの出入国スタンプは、私にとっては「押されては行けないもの」。だが、正直に言って聖地に来て、イスラエルのスタンプを押されないと言うのは非常に残念な気持ちになる。が、これは仕方がない。逆に敵対国のスタンプがあるとイスラエルに出入国するのが難しい。私の場合ラッキーなのは、アフガニスタンへ行くためのパスポートは私物ではないため、イスラム教国のスタンプはインドネシアくらい、というところだろう。

国境を陸路越えていくというのも、私にとってはあまり珍しいことではないが、ガイドさんもバスも乗り換える、ということは、やはり「国境越え」を思わされるものがあった。

ちょっとしたハプニングもあった。以前ヨルダンで何かあったらしい日本人女性と同姓同名の方が巡礼団に居たため、彼女が国境でストップされてしまったのである。ネシアでは賄賂欲しさにやられることがある、と言う話はよく聞くが、今回はどうもそうではなかったらしく純粋にその日本人女性が何か違法なことをしでかしてしまい、ブラックリストに載っていた、ということのようだった。添乗員のTさんと同行司祭の渡辺神父が付き添い、大分経って、ようやく解放されて、彼女は戻って来た。全員がほっとした瞬間だった。ヨルダン、侮り難し。

ヨルダン・ハシミテ王国。イスラム国である。入った途端、広がる風景が、アフガニスタンのそれに似ていた。なんだか帰って来たようなそんな気分になったほどだ。カブール空港から市内に入っていくのに似ていて、ダリ語とアラビア語も多少の違いはあれ、文字自体は似ているので思わず、心の中で何だか安心する。職業病だと苦笑。

そして一番始めに訪れたのが、聖ジョージ教会。
聖ジョージ教会

ヨルダンはほとんどがイスラームの国だが、このマダバはキリスト教徒の町であり、そしてこの聖ジョージ教会もそこにある。ここは、ギリシャ正教の教会で、6世紀のモザイク地図があることで有名な教会だ。ドラゴン退治で有名な殉教者聖ジョージに捧げられた教会で、その偉業を示す聖ジョージ十字は、イングランド国旗にもなっている。

聖ジョージ教会祭壇

正面祭壇はやはりギリシャ正教の様式でランプをつり下げた簡素ではあるが美しい。
ここのモザイク地図は、古代イスラエルを表した最古の地図と言われている。地図としては2番目に古いものだそうだが、モザイク地図としては最古のものだそうだ。実際には16mX6mの大きなもので、2万個の石を使って作られたと言われている。

モザイク地図
これは、エルサレム近辺を表している。写真の右側上部に帆を張った船が浮かんでいるのが、死海。その下に欠落している部分があり、丸く囲われている町が見える。そこがエルサレム。その右にはイエスの生まれ故郷であるベツレヘムがある。左側から死海に注ぐ川がヨルダン川。エルサレムのすぐ左にはヤコブの壁が、ヤコブの城壁とヨルダン川の中間辺りに、樹をはやしたオアシスの町、エリコが見える。

モザイク地図2
この地図の右半分がこれだ。
上から伸びている山脈がシナイ山、そして丸く川のようになっているのが、ナイル川、ナイルデルタになる。隠れて良く見えないが、実際にはナイルの三つ又デルタ地帯がよく描かれている。

ギリシャ文字なので読めないのが残念だが、地名としては他にも旧約/新約の地名が多く描かれているとのことだった。また、ギリシャ正教のイコンで埋め尽くされており、

イコンイエスの洗礼
イエスの洗礼の場面

イコンラザロ甦る
イエスがラザロを甦らせる場面

聖母子
聖母子

挙げれば切りがないほど美しいイコンがたくさんあった。ここには挙げていないが受胎告知、イエスの誕生、イエスの奉献と、神殿でユダヤの学者たちに取り囲まれている少年イエスなど。美しい、というのはその装飾を言うのではなく、もちろんその様式もそうなのだが、この教会をモザイク地図に代表されるモザイクの統一感とその真剣な神へ向けるまなざしへとそこにいる人々を導く姿にしている、その美しさがあるのだ。それはヨルダンというイスラーム国にあって、余計に際立っているのかもしれない。

そんなことを思いながら、じっくり温める暇も無く、ネボ山へ。ここはフランシスコ会の管轄だったので、その聖堂の1つを借りて、ごミサに与る。その際、渡辺神父が説教で語られたのは、イエスは「第二のモーセ」であるとその当時の人々は思っていたのだろう、ということだ。この人についていけば約束の地に入れる、という意味で。確かにその通りであるが、約束の地、とはどこのことか。神の国、天上の地。約束の地に至るために導いて下さった方。それはとりもなおさず、私たちの信仰生活を導いて下さる方、ということだ。私たちの「約束の地」が地上の「カナン」ではなく「天国」であるならば、私たちを導いて下さるのはイエスの他に無く、地上をイスラエルがモーセに従って歩んでいったように、私たちはイエスに導かれて、信仰の旅路を歩んでいく。その渡辺神父の言葉は、モーセという人がヨハネ同様に主の道を地上で「示した」人であることを、思わせる。

ネボ山は申命記、まさに命令を申し渡す記録であるこの聖書の32:48から始まる箇所の舞台となる。自分の死を知っていたモーセは、イスラエルの民に神を忘れることのないように、すでに31:16-21でイスラエルの離反を知っている、と主がモーセに語られ、ヨシュアを任命してもなお、モーセは歌う。イスラエルをどのように主が養って来られたかを。自分が成したことは、どれだけ主の力と慈しみ溢れるみ心から湧き出るものだったのかを。そして、ネボ山へ上っていく。
ネボ山左
左に死海が臨める。左手奥にはヘブロンの町がある。

ネボ山中央
このまっすぐ奥には、エルサレムが、手前にはクムランがあり、エッセネ派たちの隠遁生活の跡がある。

ネボ山右
そして、モーセ亡き後ヨシュアによって攻略されるエリコの町もここから臨むことが出来る。

ネボ山方向
モーセはここに立ち、約束の地を見渡す。ここから見える土地がみな、イスラエルのものになる。乳と蜜の流れる地カナン。彼の思いはどうだったのだろうか。そんなことを思いながら、ここに立った。悔しくはなかっただろうか。すでに主は、イスラエルの離反をも予告されている。そして約束の地は目の前にある。入ることが出来ない自分、そして民を留めることの許されない自分。この壮大な風景を目にしたときの、モーセの喜びはどれほどであったか。

モーセはここで死んだ。民数記20:1-3において、メリバの地で民が水がない、と不平を言う。そのため、モーセはアロンと共に主にひれ伏し、水を、と頼む。そこで主はモーセたちに水を与える方法を教える。それが彼の「不信」であった、と主はモーセに言う。教会の祈りの最初の賛歌で、こう歌う。「きょう、神の声を聞くなら、メリバのあの日のように、マッサの荒れ野の時のように、神に心を閉じてはならない(詩篇95)。」そして民数記でも、20:12で主は二人に、「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。」これが、モーセとアロンがこの地に入ることが出来なかったその理由である。

だが、このどこが、彼等の不信なのか。ガリラヤ湖で、船が沈みかける時、ペトロがイエスを起こして「先生、私たちは死にそうです」と言う。その彼等にイエスは「ああ、信仰の薄いものたちよ。まだ分からないのか」という。わたしは、どうしてもこの2つが分からなかった。むしろ、主を信頼していたからこそ、主ならばこれをどうにかできるというその全能の力に頼ることが出来ていたのではないかと。それを「不信」と見なすのはなぜか。

この山に立ち、見回してわたしにはやはりそこが分からず、渡辺神父に聞いてみることにした。その応えは、私の理解がいかに「人間と神」の親しさを知らないものかということを明らかにするものだった。

選び出し、召し出したその時点で、必要なものは「すべて」その人に与えられている。だからモーセはあのメリバの泉をわき出させる時に、主に頼る必要は無く、召し出されたその方が信頼して与えた力を使えば良かっただけなのだ。ペトロたちも、船にイエスがおられる、ということを、また召し出された自分たち自身に力がすでに与えられていることを信じるどころか思い至ることすらできなかった。それが、彼等の「不信」、信仰が薄いものたちよ、とイエスをして言わしめた所以なのである。

これは、私にとっては天から雷が降りて来たような驚きだった。召し出しを信じるその力。与えられた力を信じること。そんなことができるものだろうか。そう思っていた矢先、帰国後に、アビラの聖テレジアの「創立史」14章10節にこのモーセにもペトロにもできなかったことをやってのけたカルメル会士のエピソードが載っている。それこそ、水のないところに、水を杖で湧き出させたのだ。ここを読んだ時、「これか」と納得した。

フランシスコ会の教会は現在修復中だったが、この絶景を振り返ると、
青銅の蛇
そこには、青銅の蛇がいる。民数記21:4-9に書かれている。これは、民が神とモーセに逆らった時に、主が送られた炎の蛇による災いを受けてイスラエルが回心し、モーセに赦しを請うた時に主がモーセに作らせた青銅の蛇だ。これを仰ぎ見る人は、例え蛇に噛まれても命を得る。そう言われている。

これがこのネボ山にあるのは、これを持ち、掲げて歩いたモーセの終焉の地だからだろうか。それとも、イスラエルの回心を、モーセ亡き後の離反したイスラエルに思い出させるためなのか。それともモーセ自身の回心のためか。そう思いながら見上げた。召し出しとは、かくも大きな力を与えるものか。それを信じることの強さとは、あのモーセすら、できないほどのものか。召し出しに自分を捧げることは、命を賭けることだ。しかもそれを何とも思うこと無く、喜びとして捧げることだ。私たちの側からできることは、主のご計画のうちにその手足となって、命を賭けて歩んでいくこと。しかしその「見返り」は、それほど大きなものか。その召し出しに与えられる力とは天地をも動かすのか。

自分を振り返る。確かに今でこそ倒れはしたが、15年間命を捧げ尽くしてこの道を歩んで来た。17の時に召し出された時、まさか、と思わず踏み出すことを躊躇いもした。だが「選び取った以上責任がある」と、どんなに脇見をしても(笑)前だけを見て来た。そこに自分の持てる力以上のものが働いていなかっただろうか。周りの支えは、恵み以外の何者でもなかったのではないか。思い返す時、そこにあったご計画にただ、偉大さを思い知ることしか出来ない。

ペトロとモーセ、二人の「不信」が何であったのかを思い知る時、振り返って自分のことを思う。後日ゲツセマネに、そして ヴィアドロローサを十字架を担って歩く時にも思い出すことだが、イエスは神の子でありながら生身の人間でもあった。そしてご自分の「使命」をご存知であった。召し出しは時として命をも要求する。イエスは、その「命」の要求に応える。そして、人としての限界に達しながら、3度十字架の重みに倒れる。自分の使命を本当に知るものはその重さをも知るに違いない。そしてまたその重さを知るものは、その与えられた力をも知るに違いない。でありながらそれがどこから来るものかも。だから、与えられたその重みに倒れても、その力の源を信じて、また立ち上がり、奇跡を起こしていくのだろう。

ネボ山のモーセ、ガリラヤ湖畔でのペトロ。召し出しとはかくも大きく、かくも重い、そしてそれを「自ら」成し遂げる力を与えるものでもあるのかと、山を下りながら思いに耽った。
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  1. 2012/06/25(月) 17:32:57|
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