FC2ブログ

Tous les jours Bon Chic

毎日少しでもいいこと探し

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

私にとって、三線を弾くと言うこと。

調弦のことを、ウチナーグチで「チンダミ」という。
三線は、歌う人の声の高さに合わせて弦をチンダミする。楽典風に言うと、原則として男弦、女減は8度、男弦と中弦は4度、という関係さえ保っていれば良いので、「本調子、何番で」というチンダミの仕方をする。

楽器に人が合わせるのではなく、自分に楽器を合わせる、というなんとも私にとっては新しい考え方で、初めてそれをあんまーから聞いた時にはびっくりした。そこに、島人のおおらかさ、優しさがあるような気もした。

私の母方は与論、父は半分が本島(沖縄)。自分の魂に「息」を吹き込みたくて、島の魂をよみがえらせたくて、というより、うずうず疼いているそれに気づいてしまって、門を叩いた。そうしたら、もうそれどころじゃなく、理屈関係なく、この楽器にであったことは運命だったんだ。そう思えるほどの引き寄せられ方だった。

それからと言うもの、ほぼ毎日三線に触り、上達を喜びながらもだめなところで悩み、また続けている。
そんな中、自分の唄を歌いたいと心から願うようになっている。もう数曲は毎日弾いているので、暗譜しているけれども、もっと弾きたい。もっと知りたい。もっと、もっと、がどんどん膨らんで来る。もっと古典を、民謡を弾きたい。島の肝に触れたい。感じたい。唄いたい。自分の中に眠っているDNAを呼び起こしてしまいたい。魂のそこから震えたい。まだまだだけど、もっともっともっと弾き続けて生きたい。

琉球、奄美、という大和から離れたところを、大和に生まれ育ってしまった私は知らない。沖縄口も、与論口も分からない。まさに島人の宝、を地でいく。しかも住んでさえいない。母方の祖父の家は、第二尚氏の分流だということを誇りにしていたらしい。そんなのも全然分からない。自分から遠い、自分の「源」。それがこの音の中にある。理屈じゃない、そこにある。

祖父は私に教えることは無かったから、そこで「継がれるもの」は途絶えてしまって、「新しく始めるもの」になって「習い事」になっている。でも息をするように、自然に私にとってはそこにある。下手かもしれないけど、弾くことが当たり前になりつつある。

だから、三線に触れると言うことは理屈抜きに私の一部なのだ。今も、そして本当はずっと昔、じいちゃんが弾いていた頃から。

すげー...。
スポンサーサイト


  1. 2011/08/27(土) 00:07:26|
  2. 日々の徒然|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
<<インドネシア便り その4 ラマダン明け前夜 | ホーム | インドネシア便り その3 インドネシアの保健/保険事情(メモ)>>

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2011/08/29(月) 01:43:02 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://maytetheresemain.blog27.fc2.com/tb.php/682-e2257eb5
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。