Tous les jours Bon Chic

毎日少しでもいいこと探し

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プレ アフガン

明後日からアフガンだ、と今更ながらに驚いていたりする。

実はこの数ヶ月、アフガン後半から続いている身体の不調が治まらず、薬が手放せない。
人の目にはそうは見えないであろうほど、それを受け止めている自分もまた一興。
それをも、軽やかに、さわやかに乗り越えて行く自分でありたい。

自己愛や憐憫の海に沈むことは、簡単でした。
そうなりかけたし、引きずられかけもした。
でも私は、もうそれは飽きた、とあるタイミングで決めたのだった。
そこに居続けることは心地が良い。そう言うとおかしいかもしれないけれど。
そこから抜け出す勇気。「普通の生活」に戻る勇気。それが必要だった。

だから多分、こうして色々なことと面と向かって、笑っていられる自分がいる。
だからこの状態でも多分、アフガンに行くことを、受け止められる。

次のアフガンは3週間というインテンシブな中、初めての経験をする。

保健施設を建設するための下準備という一番大事な部分を請け負った。
ハード屋さんがこの時期行かれないので、土地の権利書、譲渡書、コミュニティの承諾書。
そこから測量の見積もり、図面をあげさせるところまではなんとかしてきたい。
できれば、建て屋の見積もりまで取れたらいいだろうけれど。

ということでここ数日、測量図には何が必要なのか、どういう土地だということが分からないと行けないか
高低差があると、盛り土をしたり削ったりしなければいけないとか、
地質調査をするためのボーリング調査は20メートルをどのくらいやらせるのかとか。

まるっきり専門外なことを、勉強し続けておりました。
分かったような分からなかったような。
ま、相手に説明はできるか...。

ハードもソフトもこなす。そして知識と技術の両輪を持つ。
そんなコンサルタントとして、開発協力師になりたくて。
32歳、初のアサインがスタートです。

私の心に必要なもの。
それは、私が一番知ってる。そして、それがある限り、私はきっと大丈夫なのだと、
笑顔で言い切ってみせる。

2ヶ月ぶりに、カブールに帰ります。3週間の滞在だけれど、
そこには私のまだ知らない世界がきっとある。楽しみにしていきまっしょい!



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  1. 2011/06/02(木) 21:36:09|
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アフガン便り3 その5 アフガニスタンに春が来た!

日本は桜が咲き始めますか?

住まいの庭に、桜と思しき木がちょこんと立っており、ピンク色の蕾をいっぱいにつけています。

アフガニスタンは、前回のShin君のコメントにもありましたが、アーモンドの国です。
そしてこの白い花は桜のように見えて、日本で桜を見ることの出来ない私たちには
「さくら~~~」というような気持ちになれるものです。

そして、今日。保健省へ乗り込む(笑)道すがら。
人通りの多い、忙しい道の脇に、アーモンドが咲いていました。
ちらほら、ではなくて4分咲きくらい…でしょうか。まだ「満開!」とは行かないけれど。

ああ、アフガニスタンに春が来たなぁ…。

雪に覆われた冬が終わり、ようやく春が来ました。
新年早々、保健省での会議は散々ではありましたが、ナショナルスタッフの用意してくれた
新年のフルーツポンチをご馳走になりながら、アーモンドの花に春を感じ、
新年と共に心意気を新たにしました。

・・・あ。冬の雪の写真撮っとかなかった。あんなにすごかったのに・・・。
ま、どうせまた冬来るんだし・・・いっか(笑)

  1. 2011/03/24(木) 04:12:03|
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アフガン便り3 その4 アフガン新年です

Nawroz Mubarak!
今日はアフガン新年です・・・ので新年明けましておめでとうございます、です。
アフガン暦は、「ヒジュラ太陽暦」なので、イスラム暦のヒジュラ太陰暦とは異なり、毎年3月21日が新年となります。今日は珍しく日本と休日が重なりました(笑)

チューリップがアフガンの国花です。
春が近づいている、新年を境に春が来る、そんなアフガニスタンの気候です。新年を境に春になる、本当にそんな感じです。食堂にはチューリップが飾られ、庭の覆いが取られ、少しずつ花芽が出てきて、葉が広がって、色が突然増えてきているようです。

同時に、乾季が深まり、埃っぽくもなっていますが(笑)

春が始まります。アフガンの冬が終わりを告げ、花が咲きます。

この春が、どうか日本まで届きますように。




  1. 2011/03/22(火) 04:01:01|
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アフガン便り3 その4 治安悪化

この数ヶ月、治安が悪化の一途を辿っていることを肌で感じます。

日本でも報道された、スーパーマーケットの自爆テロ。あれは、Finestという、外国人が良く使うスーパーマーケットで、割と質の良い食材をおいています。私もキノ(みかん)の美味しいものはそこで調達してもらったりしました。つい最近は、4年前の居住区あたりで、爆発がありました。

日本では報道されないいくつもの治安事案が、ここ数週間、ばんばん起きています。正直、1週間に1回は何かある、というのは軽く恐怖です。ジャララでは同僚が銃撃戦の音を聞いています。このままだとどうなるのか、正直不安です。

アフガンでは、米軍撤退、アフガニスタン警察へのすべての権限委譲に向けて色々な事案が動いています。民間警備会社の解散、PRTの解散等、カルザイ自身が米国に頼らずアフガニスタン警察ですべてを行おうという姿勢を大々的に打ち出し、政策にもそれを影響させ始めています。

その一方、彼自身の求心力は確実に落ちています。ご存知かとは思いますが、アフガニスタンの国会はなかなか開催が決まらず、ようやく先月、圧力に押される感じで開催されました。これは、選挙に落ちた候補者が選挙の違法性を訴えていたもので、カルザイ派が多く含まれていました。しかし当選議員が国会に暴挙するという噂もあったりして、その圧力が勝った、と言う感じでしょうか。

また、今もって下院の議長は選出されていません。毎回過半数を獲得する候補者は現れていない、というのが現状です。

今回の治安悪化も、反タリバン派のアトマール元外相、サレ元国防相(?)を更迭したことによる一時的な治安の安定が、期限が切れたため、いわば「正常に戻った」ということもあるのだそうです。

今年は暖冬です。アフガンはこれから春に向かいます。これから雪ががんがん降ることはないでしょう。そうなると、雪解けを待つ必要もなくこれからさらに治安は悪化することと思います。その中で米軍撤退、アフガン警察に権限委譲。これがどのように行われるのか。戦々恐々です。NATOやISAFの存在が良いとは言いません。しかし、現在の状況で、内務省に治安を維持する力があるのか。

イラクと同じことになるのではないか、いや、それ以上になってしまうのではないかと言う不安の中、アフガンの未来よ、明るくあれ、とせめて祈るばかりです。

  1. 2011/02/23(水) 04:07:34|
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アフガン便り3 その3 アフガンの冬、再び

一昨日の夜から今日まで、しんしんと雪が降っています。ようやくアフガンの冬らしくなりました。

元来アフガンの冬は非常に寒いもので、初めて来た2007年の1月は、ふかふかの雪がたくさん降ってそれこそわくわくしたものでした。が、一昨年の12月は、帰国時確かまだ-5度で、雪も降っていなかったような。

今年もつい先日までは「暖冬だ~」と言うくらいで、大体氷点下には行かず、1~5度を行ったり来たり、というような。雪もちらっと降りましたが、全然積もる気配すらなく、朝になって太陽が照ると降ってくる雪自体が溶けてしまうというような感じで、夏(乾季)の水不足が心配されていたりしました。

もっと治安上で雪が大事な理由があります。

雪が降る、ということは、タリバンの攻撃が少なくなる、ということでもあるのです。パキスタン国境はカイバル峠があり、そこが大きな難所です。パキスタン国境を越えて来る場合には雪が大きな邪魔になります。なので、タリバンの将軍様系の人々は「冬休み」に入ってしまう…らしいです。が、雪がなければ峠も越えやすく、またアフガニスタン国内でも移動がしやすく、パキスタンからもアフガニスタン国内でも、攻撃が多くなるのです。

実際に、雪が降る期間(1~3月)というのはあまり大きな事件もなく、雪解けが始まる春頃から少しずつ動きが活発になっていきます。

…というきな臭い話はおいておいて…。

ということで、昨日今日とわんさか雪が降っているので、遊び心のある人もいるのでしょう(笑)なんと現在居住している場所の庭のそこここに、お茶目なスノーマンがいっぱい立っていました。画像をアップしようと思って、iPhoneからメールしているのですが、重すぎて(700kb)送れないようです。さすがアフガン!インシャッラー、明日別の方法で取り込んでアップしてみようかなと思います。

なんか、前後に顔があったり、おへそに人参の輪切りがあったり。ちゃんと2本足で立っていたり。一体誰が作ったんだ?と思うようなお茶目なスノーマン。明日うちの事務所の駐車場にも作りますかね(笑)日本式スノーマン…。ちょっとほほえましい、でもとっても寒いアフガンの冬が、ようやく戻ってきました。



  1. 2011/02/13(日) 01:47:15|
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アフガン便り3 その2 「仕事」三昧:コンサルタントである私

2011年はアフガン出張から始まり、現在2つ目のプロジェクトで大奮闘中なMayteでございます。

久々に以前やっていた教師教育のプロジェクトのスタッフとも再会し、気心の知れた仲間と一緒に働ける喜びをかみ締めつつ、早くもダイクンディ(ダイクンディというハザラ人が多い地域の人)とカウンターパートにからかわれ(苦笑)、新しく一緒に働いているナショナルスタッフにも「バーミヤン出身(バーミヤンはハザラ系が多い)でしょ(笑)」とからかわれ。

相変わらず「溶け込め」路線を突っ走っている…と言った感じでしょうかね~。

さて、現在のプロジェクトは保健案件なのですが、アフガニスタンに関わらず政治的に安定しないいわゆる途上国の中の多くの国では、色々なことが起きます。あり得るのが政変。エジプトで今も起こっているような政変は、民衆の不満が爆発して起きることです。アフガンにしても対岸の火事ではなく、求心力のなくなってきているカルザイ大統領。下院議員選挙も行われ、ようやく国会も開催されましたが、下院議長はまだ決まりません。国会の開催も、選挙の不満が多くの候補者にあったため、かなり開催を延ばしていましたが逆に色々な圧力から、急に開催する運びとなったり、本当にいつどんなイベントが起きることやら、と言った感じです。

そんな中でプロジェクトをしているのですが、二国間援助の場合、多くのカウンターパートは省庁関係者。彼ら自身が民衆の声、不満、評価というものを非常に気にしながら政治を摂っています。現場にいるとそれをひしひしと感じます。ある意味「可哀想だなぁ(汗)」とすら思いますが、そうばかりも言っていられないのが我々です。

例えば、直面する大事件、というのは、例えば色々な討議を重ね、協議を重ねてプロジェクトとカウンターパートで実施する計画を企画し、多くの会議で承認を得て、いざ実施!となった時にちょうど今のようにようやく国会が開催、Actingで執務をしていた保健相がようやく正式に任命されることになる!となった場合。一番気にするのは、民衆の声、不満です。その計画が、いくら革新的で、効率を重視してこれからのサービスを充実させるものだとしても、保健施設を閉めることはそのコミュニティの不満を高めるわけです。首都というのは幸か不幸か民衆にとって管轄省庁にダイレクトにアクセスできるわけで、良くも悪くも省庁にとってはその彼らの行為は脅威になるわけです。

で、まぁそうすると色々な計画はおじゃんですわな。
往々にしてあることではあります。その中で、限られた範囲内で最大の効果を生み出すには自分たちは何をすればよいか、また何が出来るか、どんなリソースを掘り出すことが出来るか。それを考えるのが我々コンサルなわけです。

…現在まさに上記のようなことに直面しており、色々な計画を変えざるを得ず、しかも何とかその中で本当に必要なものを提供する術を探して、毎日生データを集計したり、レポートに首突っ込んだり、政治的な駆け引きをカウンターパートとしたり、頭をひねって方策を考えたり、かと思えば、新しく入ったナショナルスタッフの教育と意気込みをうまく活用しながらなんとかon trackに持っていこうとしたり。…こんなに就職してからデータと格闘したことがない、こんなに政治的な駆け引きを表立ってしなければいけない立場になったことない…というくらい大奮闘です。

去年のラオス案件を必死に回していた辺りで「開発コンサル」としての「仕事振り」ということに一応自分なりの心積もりができてきていたところではありますが、いや、まさか、こんな無茶振りなプロジェクトにいきなり途中から参戦するとは思いもせず。自分の中で「コンサルとは」というものがあってよかった、とつくづく思ったりします。はい。

このアフガンではなかなか本当の現場に出ることは難しく、治安の面からサイトに行くことも制限されています。でも、その中で専門家として何が出来るのか。この限られた範囲:行動、活動、政治的側面、得られる情報、まだ眠っているソース、そういうものを総動員して、この国の保健システム、この国の保健サービスのために何が出来るのか、また何を求められ、何をすべきなのか。それを検討し、提案し、実施の手伝いをする。それが私たちの仕事なのだと、部屋に帰ってからもデータと向き合いながらしみじみと感じている昨今です。

いやー・・・けど、ハードはハードやわ。
ふぅ。

  1. 2011/02/10(木) 04:00:46|
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アフガン便り3 その1 新プロジェクト

何を好き好んでか、新年早々にアフガニスタンへ飛び、現在は再び地方出張中です。

新しく去年始まったプロジェクトの要員として+もうひとつのプロジェクト2年次の要員として入っています。
識字プロジェクトが現在のプロジェクトですが、地方出張ではいわゆる補助教材やキャンペーンで使うものを作ってもらう、というのがあり、何もないところでは想像もできないだろうと、八百屋さんポスター(絵を描いて、そこに単語を書く)、アルファベット表(アルファベットとそれに関連する単語の絵を描く)、ミナの笑顔(ACCU政策のビデオ)の紙芝居を作る、と言うことをしてみました。久々にそんなことをやったよ~~~。と言う感じ。

以前地方出張を数回していますが、来たことのある地域なので、スタッフも知っている人がいたり、なかなか楽しいです。

今年のアフガンは暖冬なようで雪が遅く。と言っても昨日降りました。(アフガン時間現在14日(金)です)

来週にはもうカブールに戻りますが、寒くさえなければここの暮らしも悪くはないです。イギリスの寮を思い出すような感じ・・・ですね。ただ、シャワーと洗濯機が別のところにあればいいのに~とは思いますが(笑)

  1. 2011/01/15(土) 02:15:28|
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アフガン便り2 その7 出張地と「私らしさ」

・・・昨日はホテルのネットが繋がらなかったので。



すでに、ゆったり入った湯船からは身体がもう大分遠くはなれて(笑)
背中が固くなってきているのを感じるけれども、部屋でネットが使えるって素敵ね。

さて。カブールに昨日帰ってきました。
どうやら何だかんだいってやっぱり疲れと言うのはあるようで。
今日が木曜日(半日)でよかった…と実は思っていたりします。
昼寝したら起きたのが7時半でした…。

ようやく解禁(笑) バルフ州 マザリシャリフ市に行っておりました。
Mazar-e-Sharifなので、省略する時にはマザールと言います。日本人はeまで一緒に「マザリ」と言いますが。
その「ル」は、巻き舌です。ただの「R」ではいけないようです(笑)
マザリには、ブルーモスクという美しいモスクがあり、シーア派の巡礼地でもあるそうです。
預言者マホメット(彼の上に平安あれ)の娘婿であるアリーの廟だそうです。
同じ、アリーの廟がトルコだかにありますが、それはマザリから分骨(?)したのだとか逆だとか。
ともあれ、非常に美しいモスクです。

我々はカブールでの安全基準と同じく外を歩くことが出来ません。
そのため、ブルーモスクには近づくことすら出来ず、外周を毎日のように回るのに
非常に歯がゆい思いをしていました。

また、ブルーモスクに集まる鳩はなぜかみんな白いのです。・・・白い鳩ばっかりです。
普通の鳩、見ませんでした。みんなは「ブルーモスクが鳩を白くするんだ!」と言っていましたが。
それでなのかなんなのか、マザリのブルカは白いのです。青いブルカも見かけますが、
白いブルカの女性もかなり多く見かけました。

ところで…そんな今日、「うわ。もう帰るんだ。困ったなぁ」と車の中で呟いたら、
PMから「何もできてない?」とヒトコト言われました。「ぐさり」という音が自分の中でしました。
そう見られてるのかな。何も出来ない子だと思われてるのかな。という気持ちがむくむく。

でも。

それが私がうがった見方をしている、ただそれだけかもしれません。
この国では、どれだけ頑張っても何も進まない。すごくすごくゆっくりとしか物事が前に行かない。
それはこのPMはよく分かってることだし、前からよく言っていること。

それに…。

私はこのモニタリング出張で、今までの自分では考えられなかったほど、
自然に、笑いながら、気がついたら仕事をしていました。楽しくて楽しくて、毎日必死で楽しく過ごしました。
そのことに自分で涙が出ました。やりきった。そう、言い切れる。
何がどう変わったのかなんて、はっきり分からないけれども、自分の中ではっきりと何かが違う。
毎日黙想を続けてきた、というのもあるかもしれないし、それはこれからも続けていくことだと思う。

(あ。今日はテレーズのノベナの1日目だった…明日の朝にしよう(汗)いや。やろう)
→結局やってました。

「頑張る」と肩肘を張ってるのではなくて、チーム・マザリでみんなで走り続けるのが楽しくて仕方なかった。
本当にそれにはびっくりでした。ああ、こんなところまでできちゃうんだ、私!

だから、それは自分が知っていること。
誰かがどう思うとか、そんなこと関係なく、自分の心の奥では、確固たるもの。
そう思ったとき、すっと心の棘が抜けました。

おー。こんなに楽になれるのね。
そう思ったら…これからも走り続けていくことがとても楽しみになってしまいました(笑)



  1. 2010/05/07(金) 15:48:12|
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アフガン便り2 その6 地方出張の利点

とは、ずばり・・・人の営みをいつも以上に肌で感じることが出来ること、でしょう。

いつもいるホテルは、高い壁に囲まれ、市内にあるため、住宅街でもなんでもなく
周りは本当にそれこそ最上階の窓からこっそりのぞかない限りローカルな人は見えません。
それでも車で移動する時にも色々なことを感じるし、人の雰囲気や、通りの様子、
店に並んでいる品数や品物、ポスターや学校に行く、仕事に行く人たちの様子、
そういうものからアフガニスタンの人々の営み、というのを感じ取ることはできます。
見上げた時に、岩肌に並ぶ家々からぽーっと煙が上がっているのを見て、
ご飯の支度をしているなぁ~・・・とか、子どもたちが学校に行くのを見て、
時間を見て、お、そろそろ2回目のシフトの時間だから、だとすると何年生くらいだなぁ・・・とか。

でも、実際に地方に行くと、いわゆるドナーがカブールほど集中していないので、
人々はもっと「アフガニスタン」らしさを増しているように思うのです。
バザールの活発さは、その地の安全性を現しているように思うし、
地方ごとに違うブルカの色は、その地方の自然をあらわしていたりもします。

地域を特定してしまうことになるので書くことが憚られるのがザンネンですが、
夜、外食が許されているので、車で向かうと、美しいライトアップをしたモスクとか、
バザールで売られているお土産品とか、そういうものがとても目についたりもします。
カブールよりも空気が澄んでいるようにも思われ、外に出られた時に思いっきり空気を吸い込みます。
それと事務所の周辺は住宅街だったりもするので、子どもたちの無邪気さはやはり、
「おお、やっぱり子どもは遊んでいるのがイチバンだ!」と思うくらい癒しになります。
ゲストハウスの近くはサラ地があるので、クリケットをする子どももいれば、サッカーをしている子もいます。
そして、感慨深かったのは、凧揚げ。

ご存知の方もいると思いますが、カレード・ホッセイニの「君のためなら千回でも」(原題:The Kite Runner)。
カブール市で行われていた凧揚げ大会。
アフガンから離れていた時期も、ここに帰ってきたくて、アフガンのことをもっと知りたかった
そんな時期に読んだ本です。その小説には私はとても大きな感銘を受けて、かつての美しかったアフガニスタン、
というのを思いながらこの国に戻ってきて、2回目の渡航の時には、1回目には見られなかった、
目に入らなかった美しさというものを、たくさん感じることができました。

ああ、凧揚げをしてる子が、やっぱりまだいるんだ。

そう思うと、「この凧揚げ大会が、忘れ去られる前に、受け継がれる前にこの国が平和になるだろうか」
と思っていたことが思い出されて、思わず涙ぐんでしまっていました。

・・・と思っていたら・・・べーべーべーべー、とすごい声がして。
見ると羊の大群が、大きいのから小さいのまで、ベーベー鳴きながら追われて来ていたり。
・・・カブールでは・・・多分見ることの出来ない光景です。
民家がすぐ近くなので、土とコンクリートで作られた、四角い家が立ち並び、
その塀の内側で女性が洗濯物を干している。

そんな普通の風景をこの国で見ることが出来ること自体が、地方出張の嬉しさです。
それと・・・普段話すことの出来ないいわゆる一般の人と話が出来ること。
先生方、児童、校長先生・・・。
本当はお店に行きたい。お店に行って、ものを買ったり話をしたりしてみたい。
目の前にある、この美しいモスクに近づいてみたい!

ただ、何かあった時のことを考えると、それは憚られます。
見るからに防弾車+無線つきの車に乗っている私が
そこから降りてくるだけで人の目を引くことは火を見るより明らか。

不自由さは感じますが、それでも伝えたいこの国の営みがある。美しさがある。

この数日間だけでも5人のスタッフたちと一緒に行動して、
彼らと本当に近しくあちこち動き回って、彼らの見せる色々な面にとても驚かされたり。
この国を愛するものとして、彼らと共にいられることに感謝して、明日からもまた頑張ります。
(明日=土曜日のことです)

さ。明日は6時始まり。少し早目に帰してやるか。
なかなか、いる間に書けることにも制限があり、非常にもどかしいですが、
カブールに戻った時の報告も、どうぞお楽しみに。

  1. 2010/04/24(土) 05:07:42|
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アフガン便り2 その5学校のモニタリング

イスラム国なので、金曜日がお休みです。
うちのスタッフは、普段なら木曜も半日お休みなのに、昨日は7時半まで事務所でした。
・・・今日、彼らは何をしたんだろう?明日聞いてみよう!
大方うだって寝てるんじゃないかと思いますが、若者もいるので・・・。

さて。この北部の町はカブールに比べて比較的安全な街といわれますが、
いわくつきのKunduzを含む北部エリアなので、その点では気を抜いてはいけないと思っています。
ただし、首都に比べて欧米人が少ないので、その点、UN車とか見かける率が少なく、
「おーーーーーーーー」と見かけるだけで思ってしまいます。

21日に到着後、早速作業を開始、彼らの進捗を聞くと共に今後の計画についてを練りました。
期間は地方出張としては妥当な期間ですが、エンドライン調査であることを考えると、
できるだけタイトではあっても最初の方に色々な作業を詰め込んで、後から穴埋めをする、
というプランで行った方が穴が少なくて済むだろう、という理由で、最初からがんがん飛ばしています。
昨日は7時始まり7時半終業、という勢いであちこち回り、スタッフたちはもうくたくたでした。
・・・私もやっぱりくたくたになりました。その後・・・欧米人の行くレストランに、
クライアント事務所の方と一緒に行き、ビールを呑んでしまい、帰ったらすこーん。

今回のモニタリングも去年同様5つの小学校を回っています。
前回と違うのはTORががすっと増えてしまったために、スケジューリングが大変だということ(笑)
理数科のテストを実施し、授業のビデオを撮り、先生方へのアンケートを行い、校長先生にアンケートを行い。
さらに、教師育成大学の先生にもアンケートをし、校長先生にもアンケートをとり、
州教育局を訪問して石頭と渡り合う・・・ということが目的になっています。

なので学校の時間割をゲット、それに合わせてビデオ撮りのスケジュールを決めて動きます。
テストは・・・こんなんでいいのか!?と思うのですが、こっちの好きな時に突撃!です。
その日何の授業をしていようがお構いなしにテストを実施しています・・・。これでいいのか!?
と・・・・心の底では思っていますが、こういうやり方なのだろう・・・と。

私はダリ語が出来ないので、テストの質問は分かりません。
なので、用紙を配る、回収する、解答欄のチェックをする、人数を数える、といったこと、
あるいはスタッフの様子を見ている、たまに注意する。そんな感じです。
ビデオ撮りの時には、その先生がどんな授業をしているのかを後ろで見学しながら、
気づいたことをメモにとって行く。明確なレッスンプランのある先生であれば、
それがダリ語だろうと何語だろうと、結構分かるもんです。

それと校長先生とのインタビュー。これは結構厄介です。
大概が2~3シフト(1つの学校で9年生までが、1~3交代で授業を受けます)なので、
そのシフトごとに大体ヘッドマスターもいますが、色々なことを把握している先生だと
ちゃんとそのそれぞれに受け答えが出来、適切な回答が返って来ますが
お飾り先生だとなかなかそうは行かない・・・というのが本当のところです。
その辺を見ていても、先生のリーダーシップというのは見えてくるものです。

長丁場な出張ですが・・・できるだけのことをした、悔いのないように頑張ってこようと思います。

  1. 2010/04/23(金) 22:52:23|
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