Tous les jours Bon Chic

毎日少しでもいいこと探し

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心の中に独房を。

気付いたら数ヶ月、更新してなかったのね。ということに今更。

割と意識的にSNSを始めとするものから離れています(現在進行形)。
所謂SNSの在り方や使い方に、私の求めるものがなくなりつつあるので。

「イイネ」という言葉が流行語になるんじゃないかと思うくらい浸透している昨今。
私がFacebookを始めた頃には日本語版なんてなかったので「Like」というやつでした。
「イイネ」と「Like:それ好き!」は違うと思うのよね。
何だか昨今は「イイネ」が友達の証みたいになって来ている印象を受けて、
それをするしないによる「差別化」がされているような、そんな感じ。
一喜一憂する道具にもなり得る、恐るべきマインドコントロールシステムな感じです。

ここ最近、山ごもり頻度が増して来ていて、つい先日、久々に独りで山ごもり、ではなく
グループでの山ごもりをしてきました→要するに「黙想会」ってやつです。
いつもの通り、カルメル山に登って来ました。

久々のグループ黙想、最初のうちは余りにも人が多くて、潜心するのに時間がかかりました。
もちろんグループならではのメリットも多くあって。
人が多いからこそ、意識的な沈黙がすごく意識に沁みてくるということや、
特定テーマで神父様の講話が聞けると言うこと。
けれども心が所謂大沈黙以上の何か、より厳しいものを自分に求めていて止まない。

個人黙想の時には、ひたすら何もありません。
食事もひとりだし(同時期に黙想に来ている人がいても)、講話なんて無いし。
ひたすら沈黙のうちに、己の内におられる主と対峙します。
その時には、自分と言う人間をまざまざと見せられて言葉にならないほど打ちのめされることも。

グループ黙想の時には、大沈黙でも「しゃべっている」人がいます。
言葉ではなく、存在全体が、言葉を発していることを感じます。
そうすると、自然と空間にざわめきが生まれます。
個人黙想を始めてから初めてのグループ黙想だったので、「入り込めない!」と焦りました。

配布物に、目をやると、黙想中にシエナの聖カタリナの祝日があることを発見。
いつもはカルメルの聖人たちなのに、今回は聖カタリナに怒られたようです。
「心に独房を作り、そこに入りなさい。そこで隠れたところにおいでになる主と出逢いなさい」
...テレジア母さん...同じ教会博士のよしみで、カタリナに頼んだようです。
しかも、カタリナ...私の代母さんの洗礼名です。まさに、1トンハンマー。
撃沈。

そこに、テーマが十字架の聖ヨハネです。
感覚の暗夜、という自由を得ることが書かれている「カルメル山登攀」。
言葉や表現の仕方は違えども、言っていることは同じことです。

「すべてから切り離されて自由になり、己の心の中で自由に神と交わりなさい」

...うーん。この心の感じる自由を言葉で表現しろというのには無理があったようですが

心の中に独房を作りなさい。

Likeだろうがイイネだろうが知りませんが(苦笑)って言い方も良くないですが、
それが友達の証、というのであれば私はそういうところから自由になって、
そんなことがなくとも、心で繋がる友達と「友達」でありたいと思います。

昨今のFacebookの在り方と共に、そういうことも、所謂「気にしなければ良い」のだと。
つくづくそう思うのです。はぃ。

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  1. 2013/05/04(土) 21:05:18|
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来たよ(汗)

さて。4ヶ月後のコンクールの予定がはっきりしたと同時に、
その位にはなんと、いきなりでーんと代理を務めることに。


自信?んなもんハナからありません。

...上司をストレスで殺さなきゃ良いけどな(汗)本気で。
その前に自分がまたキレるんじゃないかと...

ああああああああ。叫びたい。



  1. 2013/02/25(月) 22:32:17|
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バレンタインかあ。

とあるところに出す予定のバレンタインの荷物が遅れています(汗)

バレンタインかあ。

...今年はそこ以外、出す予定はないので「全く」考えませんでした。
去年...も出さなかったな。

一昨年...あー。日本酒あげた。

...なんだかんだ、あまり考えたことの無いイベントな気がします。
今年は灰の水曜日の翌日だったので、そこまで固執しなかったし。

バレンタイン...。


......あげることにわくわくしていた時代が恋しいですねえ(苦笑)

はい。

  1. 2013/02/16(土) 23:12:02|
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車に乗りたい。

最近、車が欲しい...と思い始める。

着物生活をしていくとしても、車って多分、楽。地下足袋履いてしまえば恐らくアクセル操作もそうそう大変ではないはず。今プリウスに主に乗っているので、もし持つとしたら、プリウスがいいなあ。と思う。まるっこいフォルムもなかなか好き。

ハイブリッドなので、電気とガソリンと両方使うため、時折バッテリーの方からぐおおおおん!と、エンジンを噴かす音がする(汗)最初のうちは慣れなかったが、今は「ああ、バッテリー頑張ってるねえ〜」くらいにしか思わない。トップスピードに持っていくのもそこまで大変じゃない。

エンジン音が極めて静かなため、ランサーに乗っていた頃に比べて加速の時の音が聞き分け難くて最初はやっぱり戸惑ったけれど慣れて来るとその微妙な違いにも慣れて、スピードを保つ時にトップスピードに入ってからアクセルを緩める時一瞬緩む音も聞き分け易くなった。それと、室内が静かになるので集中もし易いし、声も聞き取り易い。周囲の音もきちんと耳に入る。これが素晴らしい。

後、最近の車はやっぱりトランクを内側に入れている車が多いけれども、そうするとルームミラーで見られる下限が広がる。特にプリウス君は、ちゃんと下の方までウィンドウになっているので、非常に分かり易い。いいなあと思うのだけれど。うーん。

  1. 2013/02/10(日) 23:32:00|
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詩篇130

神よ 深いふちから あなたに叫び
嘆き祈る 私の声を聞いて下さい。
あなたが悪に目を留められるなら
主よ、誰があなたの前に立てよう。
しかし、あなたのゆるしのために、
人は あなたをおそれとうとぶ。
神は 私の希望、私の望み、
私は その言葉に寄り頼む。
夜明けを待ちわびる夜回りにもまして、
私の心は主を待ち望む。
み民よ、神に寄り頼め、
神は豊かな あがないに満ち いつくしみ深い。
神は すべての罪から、
その民を救われる。

詩篇は、ほぼ唯一の「人から神へ」の言葉です。
聖書の大部分は人への神の語りかけ。
詩篇は旧約時代恐らく1番最初に書かれた箇所で、まったくの人間の言葉で、
神へ語りかけ、呼びかけ、その限りない慈しみとの循環の中で人は癒され、励まされ、
また、自分の「素」、「裸」の姿を発見していきます。

だからこそ、己がただそのままの姿で、すべて剥ぎ取られた姿でいても愛され、
大切にされていることを知った時、人はその愛の深さに驚愕し、畏れ、喜び、安らぎを得ます。

だからこそ主は希望であり、そこに望みを置くのでしょう。


  1. 2013/01/07(月) 23:36:34|
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新しい年。

正月2日。

祖父母詣で(+α)をして来ました。
我が家は喪中のため、初詣に行かれない。熊野さんは、父方の紀伊熊野さんの御支社なので詣でたかったのですが、喪中とあってはそれも叶わず。その代わり、正月早々に祖父母に去年の一切合切を報告し、今年一年「みーまてぃうわーりょー(見守っていて下さいね)」と祈って来ました。ついて早々に風が吹き、蝋燭をつけると同時に風がやみ、お祈りを終えて顔を上げると風が吹くという、なんとも不思議な感覚。

2012年が余りにも激動の年で、善きに付け悪しきに付け大きな出来事が多く、がんがん揺さぶられる1年であったので...2013年何が来ても怖くないぞ(汗)と良くも悪くも思っていますが。

みなさまどうぞ、今年も宜しくお願い致します。
決意表明するようなことはありませんが、病気快癒を祈りつつ。有泉が吞めるようになったらいいなあ。と思ってます。まずはそれが1番よね。1番の目標は身体の回復です。今はまだ仕事量をセーブしていますが、できれば...とっとと仕事量を元に戻せるようにしたいと思います♪

どうぞ宜しくお願い致します。

  1. 2013/01/03(木) 21:58:25|
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2012年

2012年。2011年の爆発から少しずつ少しずつ、前へ進み出して、ここまできた、結果的に言えばなんだか分かんないうちに進んでしまった年。自分にとってこれほどのイベントフルな年もそうそうありませんでした。多くの出会い、そして別れ。再会。


初詣はポリ着物でしたが、市松の着物で。
正月初詣


まず、新春歌舞伎から始まりました。(哲、チケットありがとう〜)
羽子板

「通し狂言 三人吉三巴白浪」
「奴凧廓春風」

新春歌舞伎

そこから、後厄のお祓いにも。行きましたねえ...。
大国魂神社

このころはカーネーション(朝の連続テレビ小説)にはまり、久しぶりに前髪を作ったのでした。

そして、梅を観に。

梅見

生憎の雨。でも綺麗でした。で、イチゴをこれまで食べたことが無い、というくらいたらふく食べて 
イチゴ狩り

偕楽園へ。

梅

そこで何とか良い写真を撮りたい!と頑張っているところに、

写真のオジサン

この方と立ち話をしてしまったのが運の尽き。カメラが欲しくなりました(笑)

4月。イスラエルへの聖地巡礼決定。
三線のお教室にも個人レッスンから、少しずつ全体レッスンに戻り始め、9月の25周年記念公演を目指そう、ということになっていって。

ちなみにイースターの日、お教室の花見だったので教会の友達も連れて訪問着で突入。
訪問着で花見に乱入

花見に友達を連れて

そして、満を持して買ってしまったミラーレス1眼。最初の被写体はやっぱり、桜。そこから、どうせ撮るならと、桜の有名な母校の周辺へ足を伸ばし、ひたすら写真を撮りまくりました。

まずは駅前の、「ここと言えばこれでしょう」という写真から、
国立駅前

頑張って桜吹雪を撮り、
桜吹雪

わんこを撮り
わんこ

桜を撮り...。
桜重なり

...そして、今年私が与論へ帰る切っ掛けとなった、パラジの兄(やか)との何とも言えない邂逅。その舞台は、与論地主神社の次男がやっている、中野のaman。兄弟姉妹が生きていない私にとって、初めて「兄」と呼ぶことを本当に赦される存在でした。...迷惑かけ過ぎているきらいはありますが。

amanにて

それから、面白いように色々な道が開けていきます。ここからゆっくり上り調子になっていき、良い感じに復調しながらイスラエルへ。

この旅行についてはとりあえず3日目までは旅行記(汗)それ以降はあまりにいっぱい過ぎて書けていませんが、1年経っちゃう前になんとか形にしたいものです。...しろよ。
この巡礼旅行で、初めての聖地を踏みしめ、「人間イエス」を肌で感じ、人として生まれ、人として死んでいったイエスを想い、十字架を担いでヴィアドロローサ(悲しみの道)を歩んだ時こぼれた涙。イースターの時感じた、私の奥底におられる主の側に、今度は私がいて差し上げたいと思いました。

エルサレム


巡礼旅行 3日目
巡礼旅行 2日目
巡礼旅行 1日目

ちなみに、この時一緒に行かれたご夫婦で、行きも帰りも仁川空港からテルアビブまでお隣だったFさんの旦那様が、この12月9日に帰天されました。Rest in Peace。

それからはひたすら25周年記念公演に向けての練習をがしがししていました。それに加えて、なんと、国士舘大学のツアーに乗っかって、初!与論へ帰島。台風のため、遅れることになり、国士舘の子たちには申し訳なかったのですが、盆前に間に合わせるために急遽飛行機でひとり先乗り。祖母の話でしか知らない与論の地に足を下ろした時には、感極まって半泣きでした。(ちなみに飛行機の直前まで宜野湾で泳いでいて、その時の日焼けがひどいことになった...のは不覚の極み)

海の青さ、風の匂いや音、人の繋がり、食べ物の味。生き物の気配、自然の姿。
言葉では言い表すことの出来ない、魂の底からの身震いがするほど「帰って来た」という生まれて初めて感じる既視感にも似た安心感。初めて会う親類たちの顔、声、存在そのものがただただ愛おしく懐かしく、自分のどこにこんな姿が隠れていたのかと思うほど。

フバマ
喜山の一族が命を繋いだ地、フバマ。

星空
初めて自分で撮った星。

ブルームーン
8月のブルームーン。

寺崎
寺崎海岸

アマン
アマン(やどかり)

ここから東京へ戻って初めて南洋浜千鳥の「旅宿の寝覚み」の辛さというのを知りました。

そうして迎えた9月9日。

島唄の響き

憧れの舞台に、姉弟子、兄弟子たちと立ちました。
片峯教室

そこからはなぜか怒濤のように舞台とライブを繰り返し、3ヶ月で結局この25周年記念を含め、4つの舞台で三線、三板、唄をやりました。

そして11月。職場に復帰。

色々な葛藤もあったし、上下もしました。身体も心も激震(笑)な1ヶ月目でした。そんな中でもライブを決行したりして。でもそんな中、カルメル会の黙想会に助けられ、乗り切った1ヶ月。

カルメルからの富士山
カルメルの私の部屋からの富士山

そして、始まった待降節。11月の葛藤を胸に、それこそ待降節本当に「待ち望む」季節を過ごすこととなりました。黙想の内に祈りのうちに。全くの沈黙のうちに痛みと乾燥を抱えたまま、幼子イエスを待ち望み、当日まで本当に葛藤の中、過ごしました。けれどこの無味乾燥の砂漠が、本当に大切なことを気付かせてくれる、実り多い黙想でした。幼子イエスが確かに私の心に居られるあのゲツセマネのイエスのように、私の心にいらっしゃるのだと、感じることのできたクリスマス。

カルメルの馬小屋
こんなに沈黙と、無味乾燥のうちに迎えることができ、かつ閑かな喜びがあったクリスマスは本当に初めてでした。

そして、年の暮れを何で締めたかと言うと。
ツタンカーメン展

これ。中高時代の私をご存知の方なら覚えがあるかも。私、召し出しに応じてこの道に進む前、エジプト考古学に進むつもりでした。そしてそれはこの、ツタンカーメンとその兄(と言われていた。今は父であったことが判明している)アクナテン(アメンヘテプ4世)のこの時代、第18王朝時代が好き過ぎて。アマルナ美術、アテン信仰と言った面白い変化のあった時代。

そして、感動したのが。

黄金の厨子

これ。
これの全面に、アンケセナーメン王妃と、ツタンカーメン王の仲睦まじい様子が描かれています。王妃が花を差し出したり、王が王の前に腰掛けている王妃の手に水を注いでいたり、王妃が王の襟飾りを直していたり。ずうっとずうっと見たかった、ツタンカーメンの宝物のひとつ。
(もうひとつは、黄金のせもたれのついた肘掛け椅子で、これも背もたれ部分に、アンケセナーメンとツタンカーメンのレリーフがされています)

こうして、2012年の最後を、大好きなエジプト考古学の世界で終わることが出来てとっても幸せでした。もう既にやっぱりヒエログリフは読めなくなっていた(涙)けど、今でも大好きです。

細かいことを挙げていけば本当に数限りなく今年は色々なことがありました。
でも私の人生の中で、ひとつ、大きな節目の年であったことだけは間違いないでしょう。
有難う、2012年に起きたすべての出来事、出逢った、別れた皆様。
そして来る2013年がまた素晴らしい年となりますように。

  1. 2012/12/31(月) 23:38:44|
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カルメルでのクリスマス

クリスマス、というと、イルミネーションやプレゼント、もみの木。

そんなイメージの強いシーズンです。
実際に待降節(アドベント)前にアドベントカレンダーが売り出され、クリスマスまでのカウントダウンが始まったりします。

けれど、本来「Christmas」とは、ChristキリストのMassミサ、を意味し、いわゆる「ミサで捧げられる」キリストの誕生を心を込めて受け取る日、という日です。やがて十字架上で命を捧げるキリストの「人間としての」旅路が始まったのがクリスマス。ついでに、「降誕節」と呼ばれるクリスマスシーズンは1月6日「主の公現」の祝日まで続きます。

なので、欧米のイルミネーションや飾り付けはどこか所謂商業的雰囲気が漂う気がしてなんとも言い難い気持ちになります(笑)

教会には、毎年の笑い話として、カップルが必ずどこかのミサでロマンチックな気分になりたくてでしょうか、紛れ込んでしまって「教会でもクリスマスをお祝いするんだね〜」と言っていた、という話がどこかで必ず聴かれます。確か去年のクリスマス、イグナチオでも見かけましたね、そういうカップル(笑)

ということで。今年、22日から連休だったのを良いことに、私はカルメル会の黙想の家に逃げ込みました(笑)

個人黙想で2泊、クリスマスの夜半ミサに与るために1泊。24日の夜以外食事つき。まったくの沈黙の時間。クリスマスの意味をただ沈黙のうちに黙想し続ける時間です。お聖堂でただじっと、聖櫃の中に居られるイエスと向き合い、またクリスマスの箇所を読み返し、想いを巡らせる。

初めてのクリスマス。今のクリスマスとはまったくほど遠いものでした。厩で産まれた初めての子どもを寝かせるベッドも無く、マリアとヨセフは家畜の飼い葉桶を借りて、布に子どもを包んで寝かせるしか無かった。せめて家のベッドだったらそんなことはなかったでしょう。少しでも寝心地が良いように...と寝かせてあげられたのでしょうが。

そこへ来たのは、羊飼いと東方の三人の博士たち。いずれも当時のユダヤ人からは救われない人々として、蔑視されていた人たちです。羊飼いは、その職業故に安息日を守ることなど、律法を守ることができない民として。東方の博士たちは異邦人として。けれどイエスを見出だし、駆け寄って来たのは「救われない」とされていた彼等なのです。その不思議。自分たちは救われないかもしれない。けれど力あるその方を拝むだけでもしたい。と。羊飼いたちには「今日あなた方のために救い主が産まれた」と言われるので、もしかしたら、彼等は希望を持って訪れたかもしれませんが。

羊飼いたちはその後、自分たちが見たこと、聴いたことを嬉しくて周りに伝えて回るのですが...周りは誰も本気に取る人はいませんでした。ふーん、不思議な体験だったねえ...で終わらせてしまうのです。

それが最初のクリスマスでした。

カルメル会は修道会の中でも「観想修道会」なので、本当に黙想や念祷に重きを置きます。なので今回は、指導司祭との数時間以外は、本当に全く沈黙の中、ただただ想いを巡らせる中で過ごしつつ、そんな最初のクリスマスを思っていました。

その中で何度も何度も思い返すシーンがありました。


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この映画に出て来るシーンです。

ベツレヘムへ上っていく途中。ヨセフはマリアにこう尋ねます。

「マリア、君は怖くないかい?君のお腹にいるこの子は、「神の子」なんだ。僕たちは親として何が出来るだろうか。何も出来ないかもしれない。」

マリアはそんなヨセフにこう応えます。

「怖いわ。私たちには何も出来ないかもしれないもの。」

果たして産まれて来たのは、本当に人間の赤ちゃんと同じ、赤ちゃん。普通に「育てて」行かなければ行けない幼子が産まれて来ます。ここまで小さくなってまで、イエスはこの世に産まれて来た。いずれ捧げられるために。ミサのパンとして引き裂かれるために。

そしてそれを迎えたマリアとヨセフ。特にヨセフは、聖書の中でヒトコトも発しません。「沈黙の聖人」です。

どのようにイエスの誕生を迎えるか。その模範がこの2人にあるように思いました。

  1. 2012/12/30(日) 12:51:07|
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修練闘士として(その2)

最近の巻は読んでいないので、飽くまで陰流の使い手である、という意味でのShadow Skillとしてのエレ、というところまでの頭で(あ、でもクリムゾンの娘かも?というのは入るか)。私は「闘士」としての志の高いエレが好きなので。

そう。エレは、陰流といういわば「生まれ持った」バックグラウンドがあった。が、そこを捨ててなお、エレは自分が正しいと信じるものに忠実に強くなっていく。強くなると言うことは同時にGがそうなっていったのと同様、破壊を産む素ともなる。だがその心の強さ故にエレは修練闘士として、闘士の「心」を失うことなく、また己の「陰流」ではなく「クルダ流交殺法 影技(えいぎ)」の使い手としてその強さを積み重ねて行く。

その心が傷ついていないはずはなく、哀しみや苦しみを背負っていなかったはずは無い。

それでいながら、一歩、足を踏み出して行くのだ。

優しさは盾になり 強さは剣になる。
嘆きの中 希望の中 命の意味を覚えて、伝説を始めるのだ。

私には「闘士(ヴァール)」の仲間たち、また仲間以上の存在がある。

形にはしないが、命を預けることも厭わない。
どんな状態でもどれだけ遠く離れていても信頼ができる。

向き合うのではなく、背中合わせで立っている。
互いの顔を見合わせることもほとんどない。

修練闘士としてこの命を戦場に咲かせることが使命ならば、
エレにとって、ガウが何だったのか、ヴァジュラが何だったのか、問う必要はないだろう。
彼女の闘士としてのその心、戦いに向かうその姿に倣えばいいのだ。
痛みも恐れも捨てて、命の重みと温かみを覚えて。

そう。はるかに続く時も永遠にはなれない。
やがてはこの手を離れ、すべては行くのだ。
それでも、その刹那にすべてを賭けて。

「覚悟を、決めろ」ーエレ・ラグ 第59代修練闘士「影技」


  1. 2012/10/26(金) 22:49:08|
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修練闘士として。

久々に影技 (Shadow Skill)を持ち出した、ということは、武技言語を習得する必要性にかられていると言うことだと、ご存知の方はお分かりのことと思う。

大事な物が出来ると、帰ることができるため人は強くなるかもしれない。

だが、それを失う恐れのために闘士(ヴァール)としては弱くなる。修練闘士(セヴァール)たるためには、そこはもっと大きな視点で闘いという痛みの中に身を投じて行かなければならない。

戦場への復帰を目の前にして、ぬるま湯に浸っていてはいけないのだ。

今、万全の状態で戦場へ戻るわけではない。それこそ手傷を負い、この病の原因であった傷を自らこじ開けてしまったに等しく、神人/闘士の一族として恥ずべき姿を晒している。エレは、闘いという痛みをも己に取り込んで、それでもなお修練闘士として戦場へ赴く。その傷を己の筋肉の膨張で塞いで。

私はそのエレが好きだった。

だが、頭につきまとう。ガウという存在は、エレにとって何だったのか。

再び己の戦場へ戻る今、エレに問いたい。

エレにとって、ガウはなんだったのか、クルダとはなんだったのか。そして、ヴァジュラとは、どういう存在だったのか。それを持ってしてなお、強く前へ、戦いの場へ出ることができたのはなぜだったのか。私はその「クルダ」を持ち得なくても修練闘士たることはできるのか。

文字通りの「戦いの場」へ戻りたい。

それが私の「戦いの場」なら。

  1. 2012/10/24(水) 21:15:05|
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